私たちが愛する「あのイラスト」は、いったいどのような制作過程を経て生み出されているのだろうか。
私たちが大好きな「あのクリエイター」は、いったいどのような作業環境で作品を生み出しているのだろうか。
クリエイターたちのオリジナルな制作環境に焦点を当て、ファンが気になるクリエイターたちの仕事部屋とクリエイションの哲学を紹介する連載「のぞきみ!秘密の仕事部屋」。
記念すべき第一回目のゲストは、イラストレーターの朝際イコさんです。
朝際さんが仕事部屋に込めたこだわりは「好きなものに囲まれること」。“好き”に正直であり続けることで、自分らしさを失わない創作を実現しているそうです。
このこだわりの背景には、音楽活動で成功する夢を追いかけていたものの、自分を見失ったことで挫折した経験があるのだとか……。
“好き”に囲まれた、自分だけの城
──── 朝際さんの作業部屋のこだわりについて、教えてください。
これといったテーマは存在しないのですが、とにかく好きなものに囲まれることを大切にしています。好きなものに囲まれると、テンションが上がるじゃないですか。
私の場合、大好きな漫画『シャーマンキング』のグッズを目が付く場所に置いていて、あとは生き方の目標にしている宮沢賢治さんにまつわるアイテムも部屋に飾っています。
宮沢さんは小説も書くし、曲も書くし、楽器も演奏する“元祖・マルチクリエイター”です。私もイラストレーターとして活動しつつ、20代からずっとバンド活動を続けている“なんでもやりたい屋さん”なので、彼のような生き方に憧れるんですよね。
思想を浴びたい……というと大袈裟ですが、創作の刺激になるので、いつでも彼の存在を意識できるようにしています。
あとは、旅先で見つけた心踊るご当地グッズもちらほら。とにかく、自分が好きなものに囲まれながら、創作することを大切にしているんです。
──── たしかに、“好き”があふれるお部屋ですね。機材へのこだわりも教えてもらえますか?
作業部屋に対して、機材へのこだわりは薄いかもしれません。プロっぽい仕様にしたいと思いつつ、凝り性なのでやり始めるとキリがない気がして、なかなか手を付けられずにいるんです。
例えば液タブを使ってみたいと思いつつ、欲しいものを考えるとかなり高額で……。宝くじが当たれば、いますぐデバイスにも投資したいなと思っています(笑)。
──── 現在は、どのような機材を使用してイラストを描いているのでしょうか。
基本はiPadです。もともとアナログなアイテムでイラストを描いていたので、なるべくその感覚を残したいんですよね。
iPadはデジタル機器ですが、紙のような描き心地のペーパーライクフィルムを貼っているので、違和感なく使用できています。ペンも先にゴムが付いていて滑りにくく、紙で描きたい派の人にもおすすめの組み合わせです。
高めるべきは、機材スペックよりも内面性
──── イラストを描く人にとっては、高価な機材を使うよりも、自分に合った機材を使ったほうが大切だと思いますか。
人それぞれだと思いますが、私は自分に合った機材を選びたいですね。
そもそも私たちイラストレーターって、ただ絵がうまければ生きていける職業ではないと思うんです。実際クライアントさんは、表現力だったり、個性だったり、「あなただから」という理由で指名してくださります。
機材が表現力や個性を際立たせてくれるのであれば投資すべきだと思いますが、機材のスペックが優れているからといって、お仕事をいただけるわけではない。そうであれば、まずは自分らしさを磨き、それを表現するのに十分な機材を見つけることから始めるのがいいのではないかと思います。
──── 朝際さんのイラストは、個性が強く表れていますよね。自分らしさを磨くことを追求してきた結果、現在のスタイルにたどり着かれたのでしょうか。
私は幼い頃から絵を描いていましたが、実はイラストレーターを職業にしてからそれほど時間が経っていません。
技術をずっと磨いてきたわけではないですし、そもそもデビューが遅いので、やはり「自分らしくあることが生きていく最善の道だろう」と思って今日まで過ごしてきました。
再現性の高いイラストを描くだけなら、私よりも高い技術を持った方がたくさんいます。独学でのんびり絵を描いてきた私では、正直なところ太刀打ちできません。だったら、もう好きに描いちゃおうって。
その終着点が、現在の“ネオ大正浪漫”や“ネオ昭和レトロ”なんです。
──── 自分らしい創作をするために、普段から意識していることがあれば教えてください。
創作活動に直結しないことでいうと、水木しげる先生が好きなので調布市の深大寺を訪れたり、映画が好きなので週に2回は映画館に足を運んだり、それこそ好きなものに触れる機会は大切にしています。写真展にもよく行きますよ。お気に入りは東京都写真美術館です。
創作活動に直結しなくても、自分が好きなものを理解していて、アンテナを立てておくと、ふとしたときに気付きが得られるんです。来週までに納品する作品の役には立たなかったとしても、そう言った気付きが未来の「自分らしさ」を形成する大切なポイントになることがあるんですよね。
「自分にしかできない仕事」なんてないけれど
──── 自分らしさを追求する朝際さんの考え方は、以前からずっとあったものなのでしょうか。
実はそうではなくて、バンド活動の失敗があり、その反省を生かした結果、好きを追求するスタイルが生まれたんです。
今は趣味としてバンド活動をしていますが、以前は音楽で生きていくことを目標にして活動を続けていました。
その結果、売れることだけを考えて、つまり個性を無視するようになってしまったんです。「今はどんなジャンルが売れるんだろう」「どんな振る舞いが求められているんだろう」といったことばかりに目がいっていました。
もちろん、それで売れるバンドもあると思います。でも、高い技術力を持った一握りの人たちです。イラストもそうですが、上を見たらキリがない世界では、大切にしたい価値観や個性なしに活動していては生きていけないのだと痛感させられました。
好きじゃないものは続けられないし、続けたところで熱が入らない——。これが、バンド活動から教えてもらった教訓です。
では、私が本当に好きなものはなにか。
小さい頃から好きだったのは、幽霊や妖怪、着物といった古めかしいもの。こうした好きなものを整理していった結果、大正浪漫な世界観に行き着いたのです。
それからというもの、普段着として着物を着ています。好きなのであれば、日頃から身に付けてしまおうと思ったのです。
部屋を好きなもので一杯にしているのは、“好き”に正直であり続けるためでもあります。現在のスタイルにしてから、自分にウソがありません。だから、創作活動も捗るのだと思います。
──── 現在抱えている案件は、朝際さんの世界観を求めるものになっているのでしょうか。
ありがたいことに、「朝際さんらしさを表現してください」と自由にさせてもらっていますね。私は描くものを制限されていると窮屈に感じてしまうタイプなので、自由な表現をさせてくれるクライアントさんに感謝しています。
これができているのは、もちろんクライアントさんの配慮もありつつ、きっと自分らしさを追求してきたからです。
言い方が難しいのですが、仕事の大半は「誰がやってもいい」ものだと思うんです。「あなたじゃなきゃできない仕事」なんて、世界にほんの一握りしかありません。
ただ、選んでいたただいた瞬間に、「誰がやってもいい」は「あなたにしかできない仕事」に変わります。そうであれば、やはり自分らしい仕事すべきだと思います。
「誰がやってもいい」仕事が「あなたにしかできない仕事」に変わったのに、出てきたものが「誰がやってもいい仕事」のままだったら、かっこ悪いじゃないですか。
──── たしかに、おっしゃる通りですね。それでこそ「創作」といえる気がします。
あくまで私の考えであり、正解ではありませんが、その人の個性が表れてこそ創作だと思います。
技術を磨かなければ仕事になりませんが、技術を磨く道には天井がありません。どこまでいっても上には上がいます。私も技術を磨くことを継続していますし、その重要性も重々理解していますが、それだけでは食べていけないし、何より楽しくない。
変な話、私は誰よりも絵が上手いわけじゃありません。使用している機材も高価ではないし、むしろ「そろそろ買い替えた方がいい」くらいだと思っています(笑)。
でも、それでも一応、プロとしてやっていけている。失敗を経験して、遠回りした私だからこそ、このインタビューを読んでくださっているみなさんには「大事なのは中身だよ」と伝えたいですね。
それでも「自分にしかできない仕事」をつくる
──── 朝際さんが今後、挑戦してみたい仕事はありますか。
着物のデザインに挑戦してみたいです。「自分が描いたキャラクターに、自分が描いた着物を着せて、なおかつ現実世界で自分も着る」ということがしたいんです。すると、「朝際イコ」の世界観を全開にできると思うので。
また、いつか活動写真弁士(映画にまだ音がなかった時代に、俳優のセリフやナレーションを肉声でしゃべって伝えていた人)にも挑戦したいと思っています。脚本、監督、キャラクターデザイン、作画、声優……ぜんぶ私の世界観です(笑)。
お世話になった人への恩返しもかねて、上映会にはバンド仲間を呼んで演奏会を開きたいです。ここまでやるのか!というくらいに、自分らしさを追求できたらと思っています。
──── 最後に、クリエイターを目指す読者の方に向け、メッセージをお願いします。
繰り返しになってしまいますが、やはり自分らしさを追求してほしいですね。
自分らしい創作をすることは、クリエイターとして生きていく近道だと思いますし、何より楽しい。
きっと苦しむために創作をしたいわけではないと思うので、好きに“素直”でいてほしいと思います。