私たちが愛する「あのイラスト」は、いったいどのような制作過程を経て生み出されているのだろうか。 私たちが大好きな「あのクリエイター」は、いったいどのような作業環境で作品を生み出しているのだろうか。 クリエイターたちのオリジナルな制作環境に焦点を当て、ファンが気になるクリエイターたちの仕事部屋とクリエイションの哲学を紹介する連載「のぞきみ!秘密の仕事部屋」。 第二回目のゲストは、イラストレーターの一束さんです。 制作に集中できるようにと、シンプルさを追求した一束さんの仕事部屋。ボタニカルな印象もあり、パッと見た瞬間に「素敵な部屋…!」とテンションが上がりました。 話を聞くと、クリエイターならではのこだわりが見えてきました。“好き”を詰め込みながらも、スッキリとした統一感で魅せていく一束さんの制作部屋をご紹介します。 |
居心地の良さを求める制作部屋
──── 一束さんの制作部屋のこだわりについて、教えてください。
いちばん大切にしているのは、シンプルであることです。
仕事をしているときは、仕事以外のことが目に入るのが、あまり好きではないんです。たとえばフィギュアを置いてしまうと、どうしてもそれが目に入りますよね。
描いてるものと世界観が違うと、なんだか落ち着かなくて。だから、なるべく色味も統一して、作業に入り込めるようにしています。
とはいえ、殺風景すぎるのは寂しいので、デスクの横には植物を置いています。実家が田舎なこともあり、緑が恋しくて。
ただ、本物だと管理が大変なので 、フェイクグリーンも活用しています。本物のグリーンの中からお気に入りを挙げるなら、この小さな鉢のしなびたジャガイモのように見える植物「ステファニア」です。春に芽を出したり、冬には葉を落としたり、季節を感じられるのが気に入っています。
──── たしかに、全体の色味が統一されている落ち着くお部屋ですね。インテリアにこだわりはありますか?
インテリアにこだわりがあるというより、新しいものを購入するとテンションが上がりますね。模様替えが好きなので、レイアウトを変えたり新しいガジェットを取り入れたりすると気分転換になります。たまに買い過ぎてしまうんですが……。
いま使っている机は2代目ですが、思い入れのある1代目をなかなか捨てられなくて、リビングに置いたままです。
なるべく家具の色味を揃えたいなと思っていたので、カーテンはオーダーしました。機能性よりもデザインで選んだので、遮光カーテンを掛け合わせているのですが。外側のカーテンは閉めたことがないので、いってしまえばアクセサリーです。
こだわりを詰め込んだ機材たち
──── 作業環境についても教えてください。現在は、どのような機材を使用してイラストを描いているのでしょうか。
メインモニターとサブモニターを使い分けています。サブモニターは資料を見たり、SNSをチェックするためのものです。
以前はサブモニターを横向きにして使っていましたが、横長のモニターを並べると視界に収まりきらず、頻繁に首や視点を動かす必要がありました。首周りに負担がかかってしまってつらかったので、ストレスなく視界に入るようにするために縦にしました。
イラストを制作するときは、3年前ぐらいから液晶タブレットを使用しています。
ずっとペンタブレットで描いていたのですが、ペン付きのiPad Proを購入してみたところ、直感的に描ける感覚が気に入ったんです。
今では、iPad Proでは物足りなくなって、より正確に、広い画面で描ける液タブで制作しています。
Live2Dモデル等を制作するときは、「絵を描く」という感じではないので、大きなモニターで作業をしながら板タブを使用しています。
LIVE2Dを板タブで制作する以前は、ずっとマウスで作業していたんです。
ただ、ミリ単位の細かな調整を1日に何百から何千とする必要があって、マウスでの操作だと腕への負担が大きく、腱鞘炎になりかけてしまって。それがきっかけで、現在はトラックボールと板タブを抱き合わせで使用しています。 相変わらず親指は疲れますが、以前よりだいぶ楽になりました。
──── 集中力だけでなく、身体も使って描くものですから、大変ですよね。制作活動に疲れたら、どのようにしてリフレッシュしているのでしょうか?
モニターをゲーム画面に切り替えられるので、気分転換にSwitchで遊んでいます。でも、始めるとやめられなくなっちゃうので、最近はちょっと我慢してます……。
あとは、手元におやつを入れたカゴを置いているので、のど飴やお菓子を食べたりします。手が痛くて疲れたらマッサージ用の小さなボールををにぎにぎしたり、コロコロしたりしてリラックスしています。
飲み物は紅茶が多いですね。飲み食いしながら作業していると、いつの間にかお菓子の箱が空になってしまっていて……我ながら恐ろしいですね……。
自分のやりたいようにやる
──── 一束さんのイラストは、お部屋のようなシンプルで統一感のあるイラストが特徴的だと感じています。以前から、現在のようなテイストのイラストを描かれていたのでしょうか。
昔はもっと、アニメっぽい絵を描いてました。
頭身が高めで、もっと目がキラキラして、まつ毛が長くて、髪はサラサラしていて。厚塗りで制作していた時期もありました。
でも、プロになりたいと思ってから、テイストを変えたんです。そのままでは既に活躍しているクリエイターたちから出遅れていることは間違いなく、正面からぶつかっても仕事の取り合いで不利だと考えたんです。
最初は、ゆるキャラ系のイラストを描いていたのですが、あまり手応えを感じなくて。そこから、調整して、探り探りでした。
現在のテイストにさらに近づいたのは、とある展示会がきっかけです。
展示を見てくれた方に「目が可愛くない、絵に合ってない」と言われて……。ショックを受けたんですが、納得した部分もあって。
それを素直に受け止めて、もっとシンプルな手テイストに方向性を変えていきました。
現在は、癖を強くしすぎないように意識しています。漫画やアニメを見る層だけではなく、誰にでも可愛いと思ってもらえたり、日常でも浮いたりしないような、デザイン性のあるものを描きたいなと思ってます。
──── 昔から、イラストレーターを目指していたのでしょうか?
昔から絵を描くのが好きではいたのですが、絵を仕事にしようとは、まったく考えていませんでした。
だから、ファーストキャリアもイラストやデザインとは無関係です。地元の企業に勤めていました。
ただ、あるとき仕事で広報誌のイラストを作成する機会があり、周りから好評だったのがきっかけで、得意を仕事に生かせたらな、と思うようになりました。
その頃に、昔からの知り合いが漫画家デビューしたことも重なって、「イラスト業界って自分の手が届く範囲にあるんだ」という実感が急に湧き、イラスト業界を目指すようになりました。
その後、クリエイターたちが集まるとある交流会にご縁があって参加したときに、ゲーム会社で働く方に「これからは絵を描くだけじゃダメだよ、動かせた方がいいよ」とアドバイスをいただいて。
これからアニメーターを目指すのは難しいと頭を悩ませていたところ、「描いた絵をそのまま動かせる」というLive2Dなる技術を知りました。
興味があったので触ってみて投稿したら、Live2D社の公式アカウントからリアクションをもらえたんです。。それがとても嬉しくて。
そこから、Live2Dを扱うようになって、夢中になりながら投稿しているうちに、Live2Dのコンテストで賞をいただきました。
ちょうどLive2Dの認知度の高まりやVTuberの登場時期と重なったおかげもあり、こちらのご相談も増えてきました。「これぐらいのボリュームがあるなら食べていけるはず」と思えたことがフリーになったきっかけです。
人生2周目だと思って今を楽しむ
──── 一束さんが今後、挑戦してみたい仕事はありますか。
ゲームのキャラクターデザインをやってみたいです。
今はたくさんの人が一つのタイトルに関わることが多いですが、以前は「このゲームといえば、このイラストレーター」というように個人の名前が立つ機会が多くありました。ドラゴンクエストシリーズの、鳥山明先生が分かりやすい例です。
私がイラストレーターという職業を認識したのはゲームのキャラクターを通してだったので、「自分もこういう仕事がしたい!」という原初の憧れはやはり残ってますね。
あとは、映像や商品パッケージ用のイラストなど、他の界隈のクリエイターさんのスキルを掛け合わせて1つの作品ができるようなお仕事にも挑戦してみたいと思っています。
──── 最後に、クリエイターを目指す読者の方に向けて、メッセージをお願いします。
フリーランスとして独立する前は、会社から毎月お給料がもらえて、生活が安定していました。それを手放して不安定な道を選ぶことには、それなりに葛藤がありましたね。
ただ、安定して先の見通しが立つ生活より、常に挑戦したり、新しい刺激のある日々を送ったりするほうが性に合っていると思ったんです。
なので、いったん今の道をそのまま進んだ場合の人生を最後まで想像してみました。その人生は穏やかでしたが、「挑戦しなかった」という未練が残っていました。
だから、人生の分岐点に巻き戻してもらい、今度は挑戦の道を選んでみることにしました。
……もちろん妄想ですが、2つの人生を想像すると、人生2周目の気持ちでいられるんです。すると、案外思い切りがよくなって、予測できない未来への不安が楽しみに変わりました。
ただ、準備はしっかりしました。挑戦的であることと、無謀であることは違うと考えているので、何かをするときは結構慎重なんです。
ひとまず、3年ぐらいは収入がなくてもやっていけるだけの貯金をしました。
お金がないと、焦りや不安から精神的に不安定になったり、自分にとって適切ではない案件を引き受けてしまう可能性があるからです。
「やりたい」「がんばりたい」という気持ちだけでは乗り切れないし、乗り切るべきではない現実的な部分はたくさんあります。
しっかり向き合って、焦らず、入念に準備をして、自分の能力を存分に発揮できる環境を整えることも大切にしてほしいと思います。